東日本大震災後の「音楽の力」

August 15, 2018

東日本大震災後の追悼や復興と音楽の関わりに関する学際的研究(2013~2016, 科研費 25580023)

An Interdisciplinary Study of “the Power of Music” after the Great East Japan Earthquake(2013-2016, JSPS 25580023)

 

研究概要(Summary)

東日本大震災後の追悼や復興と音楽の関わりに関する学際的研究(科研費 25580023) 東日本大震災後、「音楽の力」という言葉が頻繁に登場し、死者への追悼や復興など様々な場面で音楽が用いられた。本研究は、震災復興において、音楽が果たす機能や人や社会にもたらす効果を明らかにすることを目的としている。研究は、(1)「音楽の力」という言葉の使用に関する調査、(2)震災後の音楽活動に関する概要把握、(3)被災地での事例調査、(4)認知科学やトラウマ研究の応用、(5)文化政策的知見の抽出という5つのフェイズから成っている。社会学的なアプローチをベースにしつつも、認知科学や精神医学的知見を取り入れた学際的な方法で、音楽の「力」が発動するプロセスやメカニズムに関する理論的説明を行った。

 

With “the power of music”, various music activities have been undertaken in recovering from the disaster of the Great East Japan Earthquake. This study aims to reveal how people have brought out the potential of music in the midst of the disaster and recovery. The study consists of five phases: 1) examining the use of “the power of music”, 2) obtaining an overall picture of the musical activities after the earthquake, 3) conducting field research in the disaster area, 4) applying recent outcomes of cognitive science and trauma studies, and 5) proposing implications for cultural policy. Taking a sociological approach combined with recent findings of cognitive science and psychiatric studies, the study has provided theoretical explanations of the means the “power” of music is activated.

 

 

 

1.研究開始当初の背景

東日本大震災後、「音楽の力」という言葉が頻繁に登場し、死者への追悼や復興など様々な場面で音楽が用いられた。しかし、「音楽の力」という言葉は何を意味するのだろうか?東日本大震災後、どのような音楽活動が実際に展開されたのだろうか?今日の多文化情報社会において、音楽は震災復興にどのように貢献しうるのだろうか?
印象論と個人的経験によって語られがちな震災と音楽の関係を学術的な方法で捉えなおすことが必要である。

 

21世紀に入って、音楽社会学、民族音楽学、音楽療法研究、認知科学等の学際領域において、音楽が人や社会に効果を生み出すプロセスやメカニズムを明らかにする研究が進みつつある。これらの知見を活用することで、「音楽の力」をめぐる理解を深めることができるはずである。

 

 

2.研究の目的

本研究は、東日本大震災後の追悼や復興の場面において、音楽が果たす機能や人や社会に与える効果に関する理解を深めることを目的としている。より具体的には、震災という危機的状況において、人々が多様化された文化状況がもつ課題をどのように克服しながら音楽の力を引き出していったのかを、社会学的なアプローチをベースにしつつも、認知科学や精神医学的知見を取り入れた学際的な方法で探り、音楽の「力」が発動するプロセスやメカニズムの一端を詳らかにする。事例を網羅的に集め、長期の現地調査を実施するのではなく、全体像を大まかに把握しつつ、いくつかの象徴的な事例に関して、音楽が人に作用するプロセスや仕組みを解明することに力を注ぐ。

 

 

3.研究の方法

本研究は、(1)「音楽の力」という言葉に関する調査、(2)震災後の音楽活動に関する概要把握、(3)被災地でのフィールド調査、(4)認知科学や精神医学的知見の収集、(5)文化政策的知見の抽出という5つのフェイズから成っている。

 

(1)「音楽の力」という言葉

「音楽の力」や「復興支援ソング」という言葉の使用頻度や用いられ方に関する新聞記事調査を行った。調査対象は、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の3紙で、調査対象期間は1985年から2013年の19年間である。

 

(2)概要把握

震災後の音楽活動に関する全体像を把握するために、震災翌日の2011年3月12日から2012年4月11日までの間に発刊された3つの新聞から音楽関連記事を抜き出し、記事データベースを作成した。また、新聞記事と平行してウェブサイトでの情報収集も行った。これらに加え、震災と音楽に関連するさまざまな研究会に参加し、震災関連の情報収集や意見交換を行った。

 

(3)フィールド調査

予備調査として2011年8月14〜16日に福島を訪れ、「フェスティバルFUKUSHIMA!」に参加した他、飯舘村や南相馬市の被災状況を視察した。

 

第一段階の調査としては、2013年8月8月17〜19日にせんだいメディアテークで開かれた「かさねがさねの想い2」(震災後に宮城県を中心に活動してきた音楽・美術・演劇・詩など様々な表現ジャンルのアーティストが一堂に会したパフォーマンスイベント)に参加し、出演者や参加者への聞き取りを含む調査を行った。この時には、宮城県図書館の震災資料収集担当者にも面会し、収集状況を聞いた。

 

また、2013年12月21〜23日には石巻市、女川町、雄勝町の被災状況を視察するとともに、石巻市と東松山市で開かれた障害をもつ子供たちを対象にした身体表現ワークショップに参加した。

 

その上で、翌年2014年9月26〜30日に仙台と盛岡を訪れ、自治体職員、プロデューサー、コーディネーター、音楽家、研究者、アーティスト、復興支援団体といった立場の異なる7組にそれぞれ2時間程度のインデプス・インタビューを行った。期間中には、仙台市東中田市民センターでの「復興コンサート」や〈みやぎの「花は咲く」合唱団〉の練習にも出かけ、参加メンバーや関係者たちへの聞き取り調査を実施した。

 

(4)認知科学や精神医学的知見の応用

本研究は「音楽の力」と呼ばれるものが発動する仕組みを解明することを目的とするため、これらの調査と並行して、音に対する人間の反応プロセスに関する知見の収集も行った。近年では脳神経科学分野の研究が盛んになり、人間が音をどのようなプロセスで情報処理し、その結果としてどのような身体的反応が起きるかということが明らかになってきた。そこで、これらの分野の論文を収集し、分類整理することから、本研究に必要な音に対する反応プロセスのモデル化を行った。

 

(5)文化政策的知見の抽出

以上の調査や分析を総合して、今後の文化政策に生かすことのできる知見を整理し、提示した。

 

 

4.研究成果

 (1)「音楽の力」という言葉

新聞記事調査からは、「音楽の力」という言葉が1990年代後半から特定の意味をもつフレーズとして使われはじめ、東日本大震災後に急速に広まったことや、インターネットの普及に伴い、被災地とそれ以外の土地が音楽を通して結ばれることが増えてきたこと、その中で「復興支援ソング」が数多く作られ、募金活動などがさかんに展開されたことが示された。

 

(2)概要把握

2011年3月11日の地震発生後、東北の被災地では文化活動のほぼ全てがキャンセルされ、被災者の救助や支援、被害からの復旧に全力が注がれた。被災地以外でも自粛ムードが広がり、様々な文化活動が中止もしくは延期された。しかし、震災から一週間を過ぎる頃になると、被災地での音楽活動が徐々に再開されるようになる。

 

いくつか例を挙げると、仙台の八軒中学校吹奏楽部・合唱部は、3月19日に小さなコンサートを開いた。この様子はNHKのニュースで全国にも伝えられたが、中学生が一途に歌う《明日という日が》を聞いて涙する被災者の姿は、多くの視聴者の心を捉えた。また、宮城県女川町の避難所でピアノを弾く自閉症の少年「まさき君」の話もニュースで継続的に取り上げられた。

 

震災直後にもっとも組織的に音楽活動を展開したのは自衛隊だった。宮城教育大学小塩研究室の調査によると、自衛隊東方面音楽隊は3月26日から災害派遣任務が終了する7月末までに、合計51回の慰問演奏を行った。音楽隊へのインタビューからは、震災から時間が経過するにつれてオーディエンスの反応が変化していたことが窺える。慰問演奏を始めた3〜4月には「曲を聞いて元気な頃の自分を思い出して涙するという反応が多」く、「演奏の開始時には無表情だった人たちが、演奏を聴くうちに表情が顔に表れるようになってくる」のが感じられたが、6〜7月になると「避難場所もそれなりに落ち着き、『がんばろう東北』などのスローガンをもとに自治体が主催するイベント等での演奏が主体」になった。音楽のもつ役割が変化していった。

 

自衛隊とともに早期から活動を展開したのが、仙台フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが中心となって始めた「復興コンサート」である。世間は自粛ムードで覆われていたが、3月26日に仙台市内にある見瑞寺で最初のコンサートを実施した。また、このコンサートに成功すると、すぐに「音楽の力による復興センター・東北」を設立し、被災地のあちこちで「復興コンサート」を開いていった。

 

復興コンサートというのは、オーケストラのメンバーなどが数名のアンサンブルを組み、避難所など被災した各地で行う出張コンサートである。クラシック音楽の小品、唱歌や演歌などから構成され、オーディエンスも歌で参加できるよう工夫されている。最初の頃はバッハの《アリア》(管弦楽組曲第3番)で開始し、《ふるさと》を歌って終了するという1時間ほどのものだった。コンサートは好評を博し、最初の年に200回以上、2015年までに500回を超す大事業になった。

 

一方、音楽が被災者の気持ちを逆なでするケースも数多くあった。音楽を提供する側が、音楽には人を元気にする力があると盲信したり、音楽に対する自分の価値観を無意識のうちに強要する場合にこういうことが起こった。具体的なメッセージを伴った歌や演劇も、地震から数ヶ月間は状況にそぐわなかった。被災者が言葉に対して過敏になっていたからである。また、人によって被災状況が異なるため、被災地で音楽活動を行うことは容易ではなかったという。

 

ここで紹介する事例は数ある活動の一部に過ぎないが、これらのことから「音楽の力」を考える上で必要な論点が示された。①音楽が何らかの「力」になったことは事実である一方で、そうでない例もあった。②震災から数ヶ月間の混乱期とその後の復興期では、被災地の人々が音楽に求める役割が大きく異なった。さらには、③音楽の担い手が誰で、誰に向けて、どのような状況で実践されるかによって、音楽のもつ意味合いが変化した。

 

(3)認知科学的知見の収集と活用

認知科学は、情報処理的観点から身体の内側(脳、神経など)の反応プロセスや仕組みを解明することで、人間の知覚や認識に対する理解を深めようと試みる学問領域である。「音楽の力」を考える上で重要なのが、音の刺激に対する人間の反応プロセスに関する研究であるが、これらの分野の論文を収集し、整理・分析した結果、人の反応に影響を与える変数は、①音による刺激、②外的環境、③内的状態の3つと考えることができることが確認された。

 

(4)事例調査と総合的考察

野外音楽フェスティバル「フェスティバルFUKUSHIMA!」や復興支援ソング《花は咲く》など、いくつかの事例について、音楽が復興支援においてどのように機能したのか、またどのようなメカニズムで社会的効果をもたらしたのかを具体的に検証した。

 

その中から、被災者への音楽の効果を考える際、トラウマからの回復に関する精神医学的な知見を応用することが有効であると示唆された。精神医学では、トラウマからの回復過程には、①安全、②想起と服喪追悼、③再結合という3つの段階があると考えられている。震災という予期しなかった強いショックから立ち直るためには、まずは安全で安心な環境に身を置き、被災体験をゆっくり思い返しながら自分の感情を取り戻し、自己と周囲と関係性を編みなおしていくことが欠かせないのである。再結合の過程は、「語りなおし」と言われることもある。

 

このトラウマからの回復プロセスは、音楽を聴く行為において経験されることがある。避難所にはプライベートな時間や空間は存在せず、身も心も張りつめた状態が続いていた。そんな中、音楽は束の間とはいえ、周囲のことを忘れさせ、自分に向き合う機会を生み出した。とりわけ、ゆったりしたテンポの、懐かしい記憶を呼び起こす音楽は、安全な時空間を創出し、過去に触れる機会を提供した。じっと耳を傾ければ(音楽との同期効果によって)呼吸や脈拍数が無意識のうちにゆっくりになり、気持ちが落ち着いていく。身体の緊張がほぐれることで抑圧された感情が放出され、現実を受け入れる余裕が生まれてくる。このように音楽を聴くことで、トラウマからの回復過程としてあげた最初の2つの段階を経ることができるのである。

 

こうした効果は、震災直後の混乱期にのみもたらされた。同じ場に居合わせたとしても、音に対する反応は個々人の過去の経験によって大きく異なるが、震災から間もない頃は、圧倒的な被災体験、避難所での生活体験によって個々人の過去の経験は後景化し、被災者の音への反応は通常に比べて均質化していたからである。この特殊な条件下において、音楽を聞いて「泣く」という効果があちこちで同様に現れたと考えられる。

 

一方、震災の混乱が落ち着いた段階では、復興支援ソング《花は咲く》などの特定の歌を歌う行為が第3段階の「再結合」(もしくは「語りなおし」)として機能したことがあった。自分の中では整理できないことを、「うまく歌う」という目標に向かって何度も練習を繰り返し、表現を試みることを通じて、少しずつ自分自身の気持ちをこれまでとは異なる語りの枠組みから捉えなおしていく。メタフォリカルなプロセスではあるが、トラウマからの回復という点では効果的な方法である。

 

(5)文化政策への示唆

一連の研究から浮かび上がってきたのは、歌や音楽といった芸術表現は、日常の社会生活におけるコミュニケーションとは違った次元で人間の感覚や認識に働きかけることにより、個々人に力を与え、社会環境に変容を及ぼす契機をつくる可能性を秘めているということだった。

 

文化はそれを支える基盤となるものである。そのため日頃から文化的環境を整備することは不可欠である。しかし同時に、地域の文化や音楽の伝統(一般に「ジャンル」と呼ばれるもの)が混ざり合う中から復興において重要な役割を演じる表現が生まれることを考えるなら、新しい共有の文化を醸成していくことにも積極的になる必要がある。

 

震災後にトラウマからの回復を促す音楽、新しいコミュニティやネットワークを築く音楽は、こうした新しい共有の文化的土壌を作り、経済論理とは違ったところで、コミュニティやネットワークで大切にしたい価値を体系づけるものとして機能する。

 

文化や芸術が「力」をもてるかどうかは、芸術の意味が「コンテンツ×コンテクスト×メモリーボックス」という3つの変数によって決まることを理解しながら、芸術の実践を社会にデザインすることができるかどうかにかかっていることが示唆された。

 

 

5.主な発表論文等

〔論文〕

・中村 美亜(2014)東日本大震災をめぐる「音楽の力」の諸相:未来の文化政策とアートマネジメントのための研究1、 『芸術工学研究』第21号、 13-29

 

・中村 美亜(2016)「文化力」とは何か?­:東日本大震災後の「音楽の力」に関する学際研究が示唆すること、 『文化政策研究』第10号、30-48

 

・中村 美亜(2018)東日本大震災と「音楽の力」:音楽に何ができるのか?、毛利嘉孝編『アフター・ミュジッキング:実践する音楽』東京藝術大学出版会

 

・Mia Nakamura 2018, Music Sociology Meets Neuroscience, in Handbook on Music and the Body, edited by Sander Gilman and Youn Kim, Oxford: Oxford University Press. 

 

・Mia Nakamura (forthcoming), The 2011 Japan Earthquake and Music: Recovery Concerts, Recovery Songs, and “the Power of Music”, in  Music and Minorities (tentative title), edited by Ursula Hemetek、Inna Naroditskaya and Yoshitaka Terada, Osaka: The National Museum of Ethnology.

 

〔その他〕

・中村美亜(2015)震災と音楽、『月刊みんぱく』(国立民族学博物館)第39巻第 10号、18-19

 

・中村美亜(2018)「音楽の力」とは何か、『震災学』 (東北学院大学)第12号、31-37

 

 

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

  • Facebook Clean Grey
  • Twitter Clean Grey
  • LinkedIn Clean Grey

© 2017 Mia Nakamura